【夢日記】爺さんの犬

「なぜ野生化したレプリドッグでさえ、人間に愛想を良くするかわかるか?」
爺さんは自分のあぐらを枕にして眠りこける犬を撫でながら、話を切り替えた。

 「人を除き、殆ど原種が滅んでしまった今、生殖機能まで完全に復元されたレプリカなんて珍しくもない。それはいい。」
「こいつらは生まれつき、忠誠心をインプットされてあるのさ。命の豊かさを取り戻せと大義名分を掲げる影で、政府の研究者は犬の複製をするにあたり、細工をしたんだ。通常の生殖による遺伝子の継承を再現すると見せかけて、決して命の主には逆らえない要素を、DNAの端に、故意に植え付けた」

犬が遠い昔から人と共に過ごしていることは有名だ。布団に入れば潜ってくるし、飼い主と共に狩りを行う種もいる。僕らには生物の教科書で読んだり、旧世紀の映像メディアで彼らを間接的に見ることが出来るだけだけど、それでも目の前で眠る犬が、そんな「なんだかかわいそうなモノ」には見えなかった。

「いくら代々人と過ごしてきたと言えど、ひとたび人に虐げられれば誰だって彼らを信用出来なくなる。旧世紀に野生化が問題だった頃はサバンナの猛獣と変わりないほど狂暴な個体も居たそうだ。当たり前だろう。そこで行きすぎたゲノム編集が悪意を持って、蛇に脚を生やすようなことをしたのさ」
「許されないことだ。私が関わった訳じゃ勿論無いが、実際に全てのレプリドッグ達が何をされても人に尻尾を振り続けている。私にはそれが、自分がとても酷いことをしたようで、申し訳なくてたまらないんだ。どうすれば少しでも罪滅ぼしや恩返しが出来るのか、こいつに会ってからはそればかり考えているよ」

爺さんがこの犬を拾い、すでに誰の身体も蝕まないよう作られた煙草さえも彼だけのために辞めてから、じきに6年が経つ。察したのか、小さく鳴き声をあげた犬がいつものように、自分を抱く涙脆い飼い主の涙を拭くように頬を舐める。僕にはその見慣れた風景が、犬本来の行動なのか、それとも造られた故の行動なのか、もうわからなかった。