【夢日記】新シームレスネットワーク構築システム

その向こうに居るであろう彼と画面越しに話していたのか、画面そのものが彼の構成物であったのか判然としない。ただ、人里離れた街外れの施設、紅茶の香る部屋で、頭がブラウン管で出来た男、あるいは下にタキシードを着たブラウン管が私に「一緒に来ないか」と投げかけたのは確かだった。



なんでもこれまでに構築されたネットワーク技術を応用し開発した「サーバーの垣根を自在に越えることの出来る技術」を利用してつくられたその世界は、船や飛行機によって大陸を旅するかのように世界中のサーバーを移動することができ、また異なるコンピューター言語によって書かれたスクリプトをバックグラウンドで反復して翻訳し続けることで、異国の人間同士が手探りで互いの言語を習得しあうのと同じように処理をすることが出来る。

現実をフォーマットにした高度に効率的過ぎない使い勝手が、未だ人類の大半を埋めるリアリスト達への売りとなる全く新しい自己進化型仮想領域だそうだ。

そしてその世界は独自のサーバーを持たないらしい。誰もが現在の生い立ち、環境、何もかもにとらわれることなく、好きな場所で好きなように生きていけるという。



古くからそういった技術や試みに対し深い興味があった私は、まずは彼、あるいは彼らの尽力と成功を祝った。
しかしなんとなく気がかりでやり残したことがあったので、せっかくの誘いを断ることにした。
ブラウン管はそうかと呟き、冷めたのにちっとも減っていない紅茶のカップを置いた。五体から油圧パイプの軋みと音声のノイズが漏れても、その衣装に皺ひとつ作らないほど丁寧な所作で立ち上がる。



斜陽の見える窓際で、彼が少しだけ俯きながらハットを深くかぶりなおすのを見た。



人は誰かに嘘をつくことで、初めて自分に正直になれるのかな。
帰りの電車で、おぼろげにそんな言葉が浮かんだ。これまでの境遇に左右されないということは、引越しという人生のイベントにおいて最も大切にしたいものだから。
彼はきっと純粋に、どこか自分と似通った思いを持つ困っている人を助けたいと感じているだけなのかもしれない。澄んだ空気のはるか頭上で空が曇りだしているのを、時々見上げながら家までたどり着く。



次の朝、私より早起きだった雨空を見て堪えきれず窓を開けたが、後悔してすぐに閉める。
嗅ぎ残した都会の雨のにおいは、酷く汚いものだった。



やはり彼の誘いに乗り、引越しの段取りをしようと彼に電話をしてみるものの、彼の声はいつもより大きなノイズに阻まれて、殆ど何も聞き取ることが出来ない。
もう向こうに居るのだろうが、こちらと交信が出来るようになるには、今しばらくかかりそうだ。

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