シャカフテ、親族の結婚式のノリについていけない。

よう。


ああ、回帰(もど)ってきちまった─!





※この記事には何割か事実と異なる情報、少し盛っている要素があるが、品質に問題はない。


先日ブログの更新を一旦終了してからは、私は意外と学生時代を思い出させる忙しさを堪能していた。
病院に通って薬をもらうことをやめ、それにより障害者手帳の更新も不可能になってしまったが、自分の在り方の証拠がこんなものではたまらないと感じ衝動で通院をやめ、のちに蛮勇と評されるに違いない自称勇み足で就活を再開したのだ。この度は正社員の選考に残り、あと一押しというところまで来た。それでも動ける今動くしかない。俺はもう、回帰らない。そう思っていた。
そんななか、あいにく(幸い)そのリアルが詰まり始めた。もしかすると、今回も駄目かもしれない。そこで、こうして筆を執る次第である。
全てを書くつもりはない。ただ、書かずに死ねないネタは定期的に片づけてゆきたい。書かずとも死は近づく。やり残したくないのだ。思いついてしまえば最後、書いてしまえば最後。

やはりうだつの上がらぬ時こそ、シャカフテポルノに限る。
ここでは何を取り繕う必要もない。大丈夫なフリなど、もう飽きた。
ハートは深夜。月の光の届かぬ地下、闇の中でダンスを踊ろう。



さて、おおよそタイトル通りである。
不肖シャカフテ、人生で初めて結婚式に呼ばれたものの、なるほど辛かったのである。


結婚式場というものは一日に数回式と披露宴を行う。大規模なものは夕方に行うらしく、その分値が張るらしい。そういうわけで、この度は朝からの催しとなったそうだ。私は朝イチで普段乗らない電車の経路を辿った。就活をスーツの着用が必要になるまで勝ち進むことがなくなり既に2年が経過していた私にとって、ネクタイを付け忘れて家を出るなどもはや造作もないことであった。

会場最寄り駅のセリアに入り、適当に白いネクタイを購入し、駅に戻ってトイレでそれを巻いてくるというおおよそ今年で26歳を迎えるアラサーエー・ディー・エイチ・ディーにしてもいささかトホホが過ぎるムーヴを悠々とかましてからバスに乗る。
私はバスが嫌いである。電子マネーのチャージをするにしても、整理券を取って番号に記載されている通りの料金表を見て現金払いをするも、アドリブ力を要求されるからだ。もし自分が手順を覚え間違えていたらと考えるだけで体力を消耗する。
極めつけはあの狭苦しさと振動である。降りる頃には、私は社会のログインボーナスでタコ殴りにされていた。しかしこれを苦と認識する人間は多くない。何をどう説明しても多くの人の共感を得られぬものにこそ、シャカフテポルノは潜んでいる。


おそらく私が最後の入場であったようだ。時間差で母が受付を済ませてくれた(勿論私は祝儀を用意できなかったので、面倒くさがって別行動を取り押し付けた)ため、撤収準備の様子を横目に顔パスのように通過できた。


フォーマルな場所でじっとしていられない私にとって、カメラ係というのは好都合な場であった。とりあえず教会では自撮り棒とアクションカメラ(もちろん自撮りはしない)を片手に、披露宴の会場の隣に教会の内装が無理やり押し込まれたかのようなおかしな間取りに関心し、建築を嘗め回していた。

ちっとも興味のない式が終わり、披露宴で酒と食を堪能しようとした矢先、新郎の親戚が挨拶にやってきた。

「こんにちは、ほんじつはおめでとうございます。わたくししんろうのおとうとの~」
彼の言っている意味と意図は、私には伝わらなかった。彼に「郡山(もちろん一家そろって仮名)様のいとこさんの~」と訊かれるまで、こちらからは名乗らなかった。

私は自分が新婦の親族であることを忘れていたこともあり、その大学生が形式的な対応であったとはいえ、それをわざわざしてくれたことに気付いたのは帰路であった。状況が読めず言葉に詰まっても、「あっどうも、そうなんですか~それでは~」だけで乗り切る人は多くない。そんなことをしては相手に失礼とされているからである。それは今となってはわかるのに、私はその時脳みその半分が彼が挨拶に来たことへの不安と、フェネックちゃんみたいな顔をした神秘的でかわいらしいウェイトレスを目で追うのに精一杯であったため、本当に最低限の手札をパパっと出してあしらってしまった。もう名前も覚えていない。


子羊を食べている間に、親しい方々や会社の上司によるスピーチのあと、新郎新婦の記念写真が流れるビデオが上映された。
当然私は昔から、クラスの男女が付き合っているとかなんとかいう噂が滅多に入ってこない人間関係なりに、入って来たら来たで謎の不快感に苛まれ溜め息をついていたため、拷問としか言いようのない苦痛な時間であった。

新郎は一生関りがなかろうからさておき、新婦と私は十余年ぶりの再開であった。かつて私は彼女を好いており、脳内でお姉ちゃんと慕い、幼年期におっぱいを揉んだことがあった。これは私の人生において最も性的な行為である。二番目は前の席の女の子のブラジャーが透けていたことである。三番目はトワイライトボックス
今更言うまでもないが、私は他人から人として、男として認められたことのない童貞であり、セックスはおろか交際など一度もしたことはない。安心してほしい。

そんなお姉ちゃんは、私の知りえない十余年を過ごした末、あの男と結ばれていたらしい。
最近、私が関与していない時間に他人が成長することが、なんだか納得できないようになってきた。恐ろしいのだ。
ありきたりであれど、業者の作った完成度の高い恋愛ドラマのパロディのようなビデオの中で、二人の笑顔が並んでいた。ひたすら不愉快だった。
周りの人は泣いたり、大きくなったなといった面持ちで頷いたりしているのが見えた。

披露宴が終わり、親戚からは「久しぶりだね、今何してんの」「お前はもっとシャキっとしろ」と言われはや数時間、こんなTPOで「俺は明るくとか、普通の幸せのためだとか、そういうもののために生きようとは思わない、放っておいてほしい」など通じるはずもないことを言うこともできず、ただ高そうなケーキを食べ、正気を保った。
親戚同士の立ち話からそそくさと抜け、小雨を眼鏡のレンズに当てて歩きながら帰りの電車に乗った。




その日にひとつ、理解できたことがある。
私は、他人を愛せる人を気味悪がっているのだ。

現代、LGBTと並んで「誰も愛さない自由が欲しい」と言う人がいる。多くの人が抱えている悩みであろう。
だが私は他者に真心をもって接することができる多くの普通の価値観にさえ嫌悪している。

当たり前の幸せを摂取し、嬉しさで泣いている人が居る。その隣で同じものを喉まで押し込まれ、嫌な顔をしている私が居る。
リアルでこの気持ちが露呈してしまったら、何を失うのだろう。それでも、言ってしまえたら、どんなに楽であろう。
これから一生、本音を隠してやり過ごすしかないのか。


そして時にシャカフテよ。時にツイのオタクよ。どうしても疑問がある。
我々は、愛と呼ばれるものとは袂を分かって生きると決めた仲ではなかったか。
アダルトチルドレン同士、傷を持つ者同士、誰も愛さないと決めたのではなかったか。
けれども誰かの無償の愛は欲しがってもよいのではなかったか。
そう思っていたのは私だけであったようだ…


みんな、どうして"大人"になってゆくんだ…?
誰か助けてくれ。俺を一人にしないでくれ。でも普段は孤独にさせてくれ。
あれからそんな気分が日替わりで心を蝕み続けている。
これは一生直らぬもので、ずっと付き合ってゆかねばならぬのだろう。
人と違うことが私にとっては生きる原動力で、同時にやがて死因となること。
ずっと押しつぶされそうになりながら死んでゆく己の行く末が、だんだんとわかってきた。



ずいぶん鈍ったな

じゃあな。